話題になっている阿部監督の件。
報道であがってくるのは、
起きていることのほんの一部、
見えてないところ多数、空白多数。
嘘もあるかもしれない。
いくつかの断片的な素材から、
何十通りもの”小説”が書けてしまう状況です。
そして、脳は、わからないところを
わからない部分を、
自動的に補完して”答え”にしようとする特性がある。
だから多くの人が、それぞれの
おとしどころのあるストーリーが頭の中にある。
- 誰が悪い、何が悪い、と決めたい人
- 昔の心の傷が蘇って、そこに引き込まれる人
- 事実を推測して、謎解きをしたい人
みんな違う”事件”を頭の中で体験しています。
もし誰かが意図的に情報を隠し、
一部だけを見せるなら——それは強力な思考操作になります。
でも今回それ以上に注目したいのは、
操作されていなくても、
私たちは勝手にストーリーを作ってしまうということ。
昔、こんなドラマのセリフが流行りましたよね。
「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」
でも今なら、こう言えると思う。

外側の出来事を評価しているようで、
実は自分の内側の世界を映し出しているだけ。
「自分の想像から身を守らなければ」
「早く答えを出さなければ」
その切迫感も、頭の中で起きていること。
これに気づくだけで、
自分の思考に巻き込まれにくくなります。
気づく、というのは気づきを感覚的に捉えられることです。
「自分は正しい、わかっている」
——その確信のあるところから、苦しみは生まれます。