湘南・茅ヶ崎駅徒歩5分。ここちよい街であたまもからだも からっぽに。

不思議なバトンというもの

しばらく前から行っている、
<本質的な叡智のバトン>のナゾ、不思議
について書いてみようとおもいます。

「だんなちゃんによると
今年(去年)の私の3大トピックは
多肉と原付免許とバトン」


って、年末に書きましたが
そのバトン。

ある時フト流れてきた
ブログ記事を見て、
コレハナンダ??な文章の感じと
「え?!そんな病いの人が簡単によくなったの?」
「え?そんな簡単に社会復帰?」
ということへの興味、
自分の仕事の役に立つノウハウとかあるかな?
だけで
行ってみたのが最初でした。

もう私は、精神世界的なアレコレや
ワーク的なものには飽きてたし、
真実とは何かという問いはあっても、
解決をお願いしたい自分の悩みも特になく、
たんなる興味からでした。

で、2、3回グループセッションに出て、
急激にあたまがスッキリして、
強烈なアクセス・バーズ(脳のデトックス)を
うけた感覚になり、
う~ん?なるほど〜?ぐらいに思いつつ、
(むしろ、数年通ってる人もいるの?
ダイジョウブ?ぐらいに批判的にも見つつ)



一年ぐらいあけて
またちょいちょい行きはじめて
結果、だんなちゃんにも
「なんか変わったねえ」「落ち着いたよね~」
とか言われて…。

ところで
多くの参加者がその<バトン>でのことを
どう表現したらいいのか分からないといいます。

バトンは
基本的にグループセッションです。
主催をしているそらさんとの問答(?)です。

私はそらさんに質問しまくってました
「これについては、どうですか?」
「いやいや、そしたらこれは!?」とか

アレコレ疑問をもつ私なので
かなりひつこく聞いてました。

もちろん、悩みがある人で
話したい人はそれを話します。
(高校生や主婦、ビジネスマン、
いろんな人がきます)

それに対して、精神世界的な
あやふやな定義や前提、
逆に哲学的な理詰めではなく、
日常レベルの「こうしたら、こうだよね?」
ぐらいの言葉、用語、事実の提示って感じで
即答で返してくれます。

ただし、
正しい考え方、思考法を
アドバイスしたりしません。
あなたは間違っているので直せ、
という否定もない。
そのままでOK~♪って
ノリでもありません。

同じような質問でも
相手によって、かける言葉の内容が
全く違うのもよく見ます。
(だから本とか出せません)

問われた事に対しての答えが
「なんでその話がはじまるのデスカ?」
と思うこともちょいちょい。

…えーと、わからないですよね。

ただ、
普通の会話なのに
今までどこでも体験したことのない
会話のやりとりなのは事実です。

それでいて、聞いてる側の
意識が自然と変わったり…
していく。

新しい知識を入れるとかではなくて、
思い込んでいた価値観などが外れる。
外す気もないのに、外すというか
いらなくなる。

自分を重くしていたものが、
あっさりと無くなる。
けれども、そのことに
気づかなかったりもするのです。

もともと、そんな自分じゃなかったっけ?
ぐらいの感覚で。

それが自分に戻るということのよう。

逆にドーン、ガラガラ〜!!ぐらい
大きなコトが起きる時もあります。

そこから日常にもどって
自分のコレコレの問題を解決しよう!
思考・感情を自分好みに変える努力を!
そのためのワーク、訓練を!
などの課題も全くないです。

山のような自分の思考が崩れたら
勝手に何かが見えてくる。
感じ始める。

だから、
こんな事して変わりました!
っていう達成感もない。

何が手に入ります!も
どうなれます!もない。

ただ気がつくとポカンと、
中毒的に繰り返していた思考、こだわり
行動がなくなったりしているのです。


それで私本人より
だんなちゃんのほうが私の変化に気づき、
「バタバタとせわしなく動かなくなったね」
なんて言われる。
(ホントはそれだけじゃないんだけど、
昨年の三大ニュースですから)




では、「変化が自動的におきるなら、
なんとかしてもらおう」
という依存の方向にもいかせない。

やりとりのなかで
自分に向き合い、自分の選択でしかない
ということになっていきます。

だから、登校拒否の高校生が
学校に行くようになったり
ひきこもりの主婦が、
活動的に仕事を始めたりします。

そんな中で、
日常的な自分への問いは常にあります。

「相手を想う」
「人生」
「存在」
「愛おしい」
という言葉は、バトンでよく出てきます。

自分と向き合う、でも
問題処理のために問題をこね回さない。
そして
自分の本来性?本来的な人生?
(言葉がわからない)
が動き出すとき、問題が消えたり問題でなくなります。

う~ん、やっぱり表現がむずかしい。

だからといって
変なポジティブ思考になったり、
正しい考え方で考える、でもないです。

動けなかった人が動けたりするのは
将来が明るくなるというのではなくて
人生が楽しみになるかんじ。

現実が変わってないのに
全く違う現実に感じられたり
進めなかったことがスルスルと進んだり。
全く違うものに興味を持てたり。

とくに「人」には
今までと違う感覚、感性で
意識がいきます。

そういう意味で、人と関わる人は
自分の今までと違う状態を感じやすい。

そうした感性的なのものは広がるのに
思考はシンプルに落ち着いていて。

例えば、
「こんな〇〇なことで〇〇を引き寄せたんだ」とか、
「急に雨が降ったのは、出かけるなという
メッセージじゃないか?」みたいな、
出来事をかいつまんで
そこに特別な解釈や意味づけをするのではなく、

「雨が降った。じゃあどうするか?」という
事実と自分自身の意識的選択があるだけ、
になる。

シンプル。

だからと言って、
出来事が無意味というコトではなくて
シンプルだからこそ必要なことが見えてくるとか
もっと人生での大きな流れで見える視点でもあるのです。

ああ、やっぱり長くなってしまう…



そらさんという人は
いったいどんな世界を見ているのだろう?
というのが、何度も行くようになった
理由の一つでもあります。


人の裏を見てしまうような私だけど
「本人の言ってる、見せてる姿と
本人自身に乖離があるなぁ。(残念)
人間だもの仕方ないよね」
とそらさんには思ったことがありません。

言っていることと行っていることが
完全に一致しているのに
なんだか全くつかめない。
そんな初めての人です。

元バリバリのデザイナーで経営者だった人。
ヒーラーとしての力があったのに、
それをあっさりやめた人。

どんな世界をみているのかは、
やっぱりわからないけれども、

その洞察力や能力は
自分の自我を満足させるためでなく
ただ相手のために注がれているのは
とても感じられてくる。
かといって自己犠牲でもない。
ビジネスでもない。
何なんだ?どこにいる?

と思えます。

東京の拠点、ヒーリングテラス空

ある人は
「みんなバトンにくればいいのに」
って言う。
そらさんは、
「みんな来ない方がいい」って笑ってる。

私はっていうと
そらさんの記事をシェアするときもあるけど、
バトンをオススメしない気持ちも
あったりします。

「自分が変われば
今の自分の願望や欲望が叶う」
とされる考え方や
その、願いや自分のなにかのこだわり、
社会的な立ち位置、
アイデンティティ
そういうものを求めている人は
頭から湯気がでますから。

私も、いろんなものが衝撃なほど
ガラガラと音をたてて崩れて
もうバトンはいいかな…
と思っていたけど
どうしても気になって再び参加したら
崩れたものは、
自分が握りしめたかったものだけで
本当に必要なものはちゃんと残っていて
今も同じように活動を続けているわけです。

なので
するっと1、2回だけの人も多いです。
それはそれで納得して終わる。
私のように深める、探究する人はほんの一部だし
リピートを促す事もありません。

三万円って高いよね?!
と思う人もいるのかもしれません。

私自身としては、
正直、3万円で期間中に何度も参加できて
ここまで色んなことが起きるのか~と。
そして初回よりもその後、
体験が加速していきました。

例えるなら
日本の動物園での動物しか見たことがない人が、
何度か参加していくうちに、
急にサバンナをジープで走っていたりするような感じ。

特に出雲がサバンナ感がハンパないです。
ドコココ?みたいな

最近、気になるっていう方もいるようなので
私とバトンについて、書いてみました。

実際の出雲での朝ごはん


そらさんが自身のことを書いた記事もリンクしておきます。
↓とても長いです!要注意(笑)
私の活動について

こちらがそらさんのブログトップページ
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